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前橋地方裁判所 昭和34年(ワ)146号 判決 1961年3月01日

原告

品川次郎

外一名

被告

群馬県養蚕農業協同組合連合会

主文

被告は、原告品川次郎に対し金二二七、八三三円、原告品川静江に対し金一五〇、〇〇〇円および各原告に対し右各金員に対する昭和三四年七月九日から支払済まで年五分の金員を支払え。

原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、これを三分しその二を被告の、その一を原告らの負担とする。

この判決は、原告品川次郎において金五〇、〇〇〇円、原告品川静江において金四〇、〇〇〇円の担保を供するときはそれぞれ勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告らは、「被告は、原告品川次郎に対し金五七七、八三三円、原告品川静江に対し金五〇〇、〇〇〇円および各原告に対し右各金員に対する昭和三四年七月九日から支払済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行の宣言。

二、被告は、「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決。

第二、請求の原因

一、訴外生方栄一は、被告連合会に自動車運転者として雇われ、被告連合会所有の普通自動車(群す〇一五一号)運転の業務に従事していたものであるが、昭和三三年五月二九日午後四時五〇分ころ、前記自動車を運転し、前橋市内通称芳町通りを西方から東方に向け進行し、同市芳町八三番地先路上(幅員約四、七メートル)にさしかかつた際、その進行方向を転換しようとして同所にいつたん停車し、同地点から約四メートル後退したうえ同所南側所在養行寺入口に向けて発進し、右後退した地点から約五メートル進行したが、その際右養行寺入口附近の安全を確認すべき注意義務があるに拘らずこれを怠り、漫然自動車を発進させたためその過失により、右養行寺入口附近にかがみこんで遊んでいた原告らの長男品川高久(昭和二九年七月生)の頭部に前記自動車の車体下部ミツシヨン附近を激突させ、よつて右高久を頭蓋破裂脳挫滅により即死させた。

二、右事故は、訴外生方栄一が被告連合会の被用者としてその業務の執行中、過失によつて発生させたものであるから、被告連合会は使用者として訴外生方栄一が右事故によつて原告らに加えた損害を賠償すべき義務がある。

三、原告品川次郎は、住居地において「さくら堂」なる屋号により文房具、医療品、化粧品等の販売業を営み、原告品川静江はその妻であるが、原告らは慈愛ひとすじに育ててきた前記高久を本件事故によつて失い、筆舌につくしがたいほどの精神的打撃を蒙つた。被告連合会は、その収入源を下部団体に対する賦課金、養蚕資材共同購入の手数料等に依存する群馬県内の養蚕農業団体の連合体である。

これら原被告双方の事情、本件事故発生の経過等を勘案し、原告らが本件事故によつて蒙つた精神的損害は、原告ら各自につき金五〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

四、また、原告品川次郎は本件事故の結果、喪主として前記高久の葬儀を営み、その諸費用として金七七、八三三円の支出を余儀なくされ、右相当の損害を蒙つた。

五、よつて、原告品川次郎は被告に対し、三、四、の合計金額五七七、八三三円、原告品川静江は被告に対し、三の金五〇〇、〇〇〇円およびそれぞれ右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和三四年七月九日から支払済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因一のうち訴外生方栄一が被告連合会に自動車運転者として雇われていたこと、原告らの主張日時場所において右生方栄一の運転していた自動車が原告らの長男訴外品川高久に衝突し、右高久が原告ら主張のとおり即死したことは認めるがその余の事実は知らない。

同二の事実は否認する。本件事故は右生方栄一が前記自動車をひそかに私用のために運転中、惹起させたものである。

同三の事実中慰藉料額の点を争い、その余の点はすべて認める。

同四の事実は知らない。

二(1)かりに被告連合会が訴外生方栄一の使用者として本件事故による損害を賠償すべき義務があるとしても、訴外品川高久は本件事故当時満四歳であつて、弁識力を欠くものであるから、親権者である原告らは右高久の行動等につき監督すべき義務がある。それにも拘らず原告らはこの義務を怠り、右高久を本件事故現場附近にただ一人放置しておいたため本件事故が発生したのであるから、原告らの側にも過失があつたものというべく、この過失は慰藉料額の算定につき斟酌さるべきである。

(2)また、原告らは本件事故により自動車損害賠償保障法に基き、金一六六、七二〇円の損害賠償の支払を受けているから、この事実は慰藉料額の算定の際当然考慮さるべきものである。

第四、被告の主張に対する原告らの答弁

(1)の事実は否認する。(2)の事実は認める。

第五、証拠関係(省略)

理由

一、訴外生方栄一が被告連合会に自動車運転者として雇われ、被告連合会所有自動車の運転業務に従事していたこと、同人が昭和三三年五月二九日午後四時五〇分ころ前橋市芳町八三番地養行寺入口附近において同人の運転していた被告連合会所有普通自動車(群す〇一五一号)を、原告らの長男訴外品川高久(昭和二九年七月生)に衝突させ、その結果右高久を死亡させたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まず右事故に対する前記生方の過失について考えるに、成立に争いのない甲第二号証の一ないし七に証人生方栄一、同木村瑞夫、同片貝アイの各証言、原告品川次郎の本人尋問の結果および検証の結果を綜合してみると、次の事実を認めることができる。

本件事故現場は通称芳町通りという前橋市内を東西に走る幅員約五、五メートルの舗装道路に面し、現場附近は道路の南側に養行寺の北門があり、その北側正面には北方へ向い幅員約四メートルの道路がT字型に交叉している。右北門は道路南側の側線から約三メートル奥にあり、約四メートルの間隔で建てられた二本の石柱からなり、その北方は道路ぞいに間口約九メートル、奥行約三メートルの宅地状をなし、南方は養行寺の境内へ通じている。前記生方は本件事故発生直前、前記自動車(一九五三年型プリムス)を運転して右道路を西方から東方に向かつて進行し、右養行寺北門前に来たとき方向を逆転してもと来た方向へ戻ろうと考え、同所北側寄りの路上でいつたん停車し、そのまま約四メートル自動車を後退させたうえその地点から右側やや前方にある前記北門の中に向つて時速約一〇キロメートルで右折進行を始めた。ところが、進行をはじめてから約五、六メートル進み車体をほぼ半分前記北門前の空地部分に乗り入れた際、道路南側の線から南方約一、五メートル、やや東側の門柱寄りの地面にしやがみこんで遊んでいた品川高久の頭部に右自動車の車体下部のミツシヨン附近を激突させ、頭蓋破裂および脳挫滅によつて同人を即死させた。

ところで、自動車を運転するものは自動車を回転させようとするときはなるべく幅員の広い場所など通行人などに危害を与えるおそれの少ない場所をえらび、通常自動車の通らない場所などを利用することはなるべくさけるようにし、またもし止むなくして道路以外の場所へ乗り入れる場合には、特に附近の情況に注意を配り、前方に人がいたり障害物などがないかよく確認し、事故を起さぬように注意する義務がある。本件事故現場である養行寺北門前は前記認定のように空地になつていて生方が右道路から右門に進入するに際して視界の妨げになるものはなにも認められないから、同人がもし前記の注意義務をつくしたならば当時必ず高久を発見し、本件事故を未然に防ぐ何らかの措置がとれたはずである。それにも拘らず、生方は右高久のいるのに気がつかずに前進し、衝突のシヨツクによつてはじめて事故を知つたこと同証人の証言によつて明らかであるから、右は生方が前記注意義務を怠つたことによる過失によるものといわなければならない。

三、つぎに、右事故が訴外生方栄一の使用者である被告連合会の事業を執行するにつき惹起されたものであるか否かについて判断するに、証人生方栄一、同近藤好一の各証言を綜合すると、次の事実を認めることができる。

本件被告連合会所有の自動車は、同会理事の専用車で、理事の、送迎の用に供せられており、その他に使用するときは理事の個別的許可を必要とされていたものであるところ、生方栄一は本件事故発生当日の午後四時ころ、当時の被告連合会理事近藤好一を被告連合会の事業運営上の懇談会に出席させるために、自己の運転する右自動車に乗せて、被告連合会事務所からその会場である前橋市内の料亭「岡源」へ送りとどけた。その際近藤好一は右料亭玄関前で生方栄一に対し、会合は約一時間位で終る予定であるからそれまで料亭玄関前で待つているように命じ、同人もこれを了解してしばらくの間同人の帰りを待つていたが、そのうちに同市百軒町に住んでいる実兄に私用があることを思いだし、会議の終了するまでの時間を利用してその用を足しに行こうと考え、被告連合会の前記自動車を運転して前記実兄のところへ向けて出発した。しかし、本件事故発生現場附近まできたころ、若し近藤好一が予定より早く会合が終つた場合、自己の職務を果せなくなることをおそれて実兄のところへ行くことをあきらめ、前記料亭に帰ろうとし、その進行方向をかえようとした際に本件事故を惹起させた。

ところで、民法第七一五条が使用者に対し、被用者が事業の執行についてした不法行為の責任を負わせているのは、他人を使用して事業をなすものは、それにより自己の活動範囲を拡大するとともに、社会に対してそれだけ加害の危険をもつくりだしている故に、もしその危険が業務の監督の範囲内において実現した場合には、その結果に対し責任を負わしめるのが相当であるという考え方にたつているものと解すべきであるから、同条にいう「事業の執行につき」というのも、単に被用者がその担当する事務を適正に執行する場合だけをいうのではなく、たとえ使用者の命令に反するような行為であつても、その被用者の職務または職務上の地位に関連して、通常被用者がするおそれのある行為をも含むものと解すべきものである。そこで本件についてこれをみるに,前記認定事実によれば、本件事故の直接の原因となつた生方栄一の自動車の運転は、純然たる被告連合会の事業の執行のために行われたものではなく、また、理事近藤好一の命令に反して行われたことが明らかであるけれども、本件事故を惹起した自動車が被告連合会所有のものでありこれを運転していた生方栄一が被告連合会の自動車運転業務に従事していることは当事者間に争いがなく、かつ、生方は当日理事を被告事務所から会議場まで送つてのち、会議終了を待つ間の時間を利用し私用を足そうとして右自動車を運転したものであり、さらにその途上、右理事の帰宅に間に合せるためにその方向を転換しようとして本件事故を起したものであること前記認定のとおりであるから、その際の運転の直接の目的が生方個人の私用のためであつたとしても、その運転行為はなお同人の本来の職務である自動車による理事の送迎と密接な関係にあり、なお使用者たる被告連合会の監督の範囲内にあるものということができる。従つて使用者の責任を定める民法第七一五条の関係においては、本件事故は同人が被告連合会の事業の執行につき生ぜしめたものというを妨げない。そして、被告が右生方の選任および監督について相当の注意をしたとの点についてはなんの主張もないばかりでなく、証拠上もなおこれを認めるに足らないから、結局被告連合会は生方栄一の使用者として、本件事故によつて原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務を免れないものというべきである。

四、そこで、進んで原告らの蒙つた損害について検討する。

(1)原告らが不慮の事故によつて愛児を失つた結果、少からぬ精神的苦痛を受けていることは被告の争わないところである。しかしながらその慰藉料の額の算定につき、被告は本件事故の発生について、原告らに前記品川高久の監督義務をつくしていなかつた過失があるからこれを斟酌すべきであると主張するので考えるに、原告両名の本人尋問の各結果を綜合すると、原告らは右高久の遊び場所等について日頃よく注意を払い、原告ら宅から約二五メートルの距離にあり、かつ幼稚園などもあつて、附近の子供達の遊び場所となつている前記養行寺の境内をその遊び場所にあてさせ、平素は道路側線から約三メートル入りこんだ、自動車等による危険のない右養行寺入口まで送つていくのを常とし、本件事故発生当日も、その事故発生の直前である午後五時四〇分ころ、原告品川次郎が右高久を養行寺入口まで送つていつていることが認められ、それらの事実と、前記認定の事故地点の位置関係を考え合せると、原告らに右高久の監督につき特段の過失があつたものとは認められない。そして、その他に原告らの過失を認めるに足るなんらの証拠もないから被告の右主張は理由がない。

(2)そこで次に慰藉料額について判断する。

原告品川次郎が住居地において文房具、医療品、化粧品等の販売業を営んでいること、原告品川静江がその妻であり、品川高久が原告らの長男であることおよび原告らが自動車損害賠償保障法に基き、本件事故により金一六六、七二〇円の損害賠償の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、さらに成立に争いのない甲第一号証に原告ら各本人尋問の結果を綜合してみると、原告らの右営業は年間一、五〇〇、〇〇〇円から二、〇〇〇、〇〇〇円の売上を有し、原告らは長男高久のほか長女恭子(昭和二七年一月二六日生)および次男典久(同三一年二月三日生)の三児とともに普通程度の平和な家庭生活を営んでいたことを認めることができる。一方、被告については同連合会がその収入源を主として下部団体に対する賦課金に依存し、その他養蚕資材の共同購入の手数料によつている群馬県下の養蚕農業団体の連合会であることは当事者間に争いがなく、証人近藤好一の証言によれば、同連合会は役員一二名、職員約三〇名を擁し、その年間の予算は約一〇、〇〇〇、〇〇〇円程度の規模を有していたことが認められる。これらの諸事実に本件事故の発生経過、状況等を考え合せると、原告らの蒙つた精神的苦痛は、原告ら各自について金一五〇、〇〇〇円をもつて慰藉されるものと認めるのが相当である。

(3)つぎに、原告品川次郎が前記高久の葬式費用としてその頃金七七、八三三円の支出を余儀なくされたことは、原告品川次郎の本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば容易にこれを認めることができ、右認定を覆えすに足るなんらの証拠もない。従つて、同人は右相当の損害を蒙つたものというべく、この損害は前記認定の原告らの社会的、経済的地位に相応した額と認められ、かつ本件事故と相当な因果関係を有するものということができるから、被告は同人に対しこの損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

そして、被告の右各債務は訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三四年七月九日から履行遅滞にあるから、被告は、原告らに対し右各金員に対する同日から支払済まで年五分の民法所定の遅滞損害金を支払う義務がある。

五、そうであるなら、原告らの請求中、原告品川次郎の金二二七、八三三円、同品川静江の金一五〇、〇〇〇円およびそれぞれ右各金員に対する昭和三四年七月九日から支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の各部分は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種秀夫)

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